小田原藩主  大久保 忠真(おおくぼ ただざね)公

小田原藩主大久保忠真公像

大久保忠真画像 小田原城天守閣


安永7(1778)年~天保8(1837)年
相模国小田原藩第7代藩主、小田原藩大久保家9代当主、老中


 忠真公は藩政において改革を行うにあたり、身分にとらわれずに人材を登用しようと考える名君であった。
 最初、金次郎を登用し藩政に参加させようとしたが、家臣の反発にあって登用は見送られた。しかし、あきらめられない忠真公は、まず、分家の宇津家の知行地である桜町領の復興を金次郎に任せることにした。そして、復興が成功したら小田原藩に登用し、藩の建て直しを任せようとした。