尊徳の足跡


 二宮尊徳は小田原藩主・大久保忠真公に手腕を認められ、野州桜町(現・真岡市の一部)の復興の命を受け1823年に桜町陣屋に赴任し、自ら先頭にたち用水路や堰や橋の改修を行った。
 尊徳が自ら体験し、編み出した「至誠」「勤労」「分度」「推譲」の四つの教えは、天保の大飢饉にも生かされ、多くの人を救済した。桜町にすごした時代は尊徳が最も充実した時期で、報徳仕法の実践とともにその名は全国へ知れ渡った。

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